<今日の記事は、日本の政治には関係ありません。ただ、本を読んでいて、“そんなこともあるのか!?”とびっくりしたので、はぴねすのよくやる「長々無断転載」をやります。興味のある方は、“続きを読む”以下をどうぞ。>
よくコメントをくださるうずらさんに紹介してもらった本を読んでいました。
ビル・トッテン著 『日本は略奪国家アメリカを棄(す)てよ』(2007年、ビジネス社)。
「天木直人のブログ」4月3日に紹介記事があります。<コチラ>
私は天木氏が紹介されている話題に驚くよりも、次に転載させていただく部分に仰天して、ちょっと紹介させていただこうかなと思いました。
興味のある方は、どうぞ。
第五章 ■ 地球を破壊し続ける「宗主国」 より
**転載開始***
ハルマゲドンを信じるキリスト教原理主義者
地球温暖化などの環境問題を完全に軽視するブッシュ政権の影には、エネルギー産業など財界の姿が垣間見える。
それ以外にも、ブッシュをはじめアメリカのトップ層が持つ宗教観が、環境問題には色濃く反映されている。(中略)こうした宗教と政治、あるいは環境との問題は、日本人にはなかなかわかりにくい部分かもしれない。
【“アメリカが環境問題を軽視する理由のひとつは・・・”の続きを読む】
アメリカが環境問題を軽視する理由のひとつは・・・
ことばは何のために?
小6のとき国語の時間に、先生がみんなに尋ねました。
「ことばは何のためのもの?」
みんなそれぞれ自分の考えを紙に書いて出しました。
私の考えた答えは、ことばは「ものを考えるためのもの」。
私の答えを見て、先生はちょっと変な顔をしたように思います。
なんでかな?
今から考えると先生は、ことばは「ものを表すためのもの」とか、「ものを伝えるためのもの」っていうような答えを期待していたのかもしれません。
でも、引っ込み思案で、よくひとりで考え事をしていたその頃の私にとっては、ことばは何よりもまず「ものを考えるためのもの」だったんじゃないかな。
そんな私が、今度はあのときの先生のように驚くことが、ある本に書いてありました。
>僕はいま多くの仲間達に呼びかけたい。ことばは世界を表現するためにあるのではなく、世界を変えるためにあるのだから、いま僕たちが使っているこのことばに、世界を変えるための力を取り戻してやろうではないか。(中略)僕たちは、感覚と想像と思考の力を総動員して、ことばに世界を変える力をよみがえらせていきたいと思う。
(太田光・中沢新一 『憲法九条を世界遺産に』 集英社新書
転載部分は、中沢新一さんが書かれた部分です)
ことばは「世界を変えるためにある」!!!
考えたことがありませんでした。
この一節は、この本の文脈としては、「憲法9条を守るため」の私達への呼びかけです。
でも、ここだけ取り出せば、社会のいろいろな問題を解決していくための、私達への呼びかけとして聞くことができると思うのです。
ことばで世界を変えよう!!
ことばに世界を変える力をよみがえらせよう!!
ことばの技術、表現の技術を磨き上げていくことはとても難しいけれど、「少しでも世界をよい方へ変えることができるなら」と願いながら、ネットの上でもリアルでも発言してゆければなと思っています。
「ことばは何のためのもの?」
みんなそれぞれ自分の考えを紙に書いて出しました。
私の考えた答えは、ことばは「ものを考えるためのもの」。
私の答えを見て、先生はちょっと変な顔をしたように思います。
なんでかな?
今から考えると先生は、ことばは「ものを表すためのもの」とか、「ものを伝えるためのもの」っていうような答えを期待していたのかもしれません。
でも、引っ込み思案で、よくひとりで考え事をしていたその頃の私にとっては、ことばは何よりもまず「ものを考えるためのもの」だったんじゃないかな。
そんな私が、今度はあのときの先生のように驚くことが、ある本に書いてありました。
>僕はいま多くの仲間達に呼びかけたい。ことばは世界を表現するためにあるのではなく、世界を変えるためにあるのだから、いま僕たちが使っているこのことばに、世界を変えるための力を取り戻してやろうではないか。(中略)僕たちは、感覚と想像と思考の力を総動員して、ことばに世界を変える力をよみがえらせていきたいと思う。
(太田光・中沢新一 『憲法九条を世界遺産に』 集英社新書
転載部分は、中沢新一さんが書かれた部分です)
ことばは「世界を変えるためにある」!!!
考えたことがありませんでした。
この一節は、この本の文脈としては、「憲法9条を守るため」の私達への呼びかけです。
でも、ここだけ取り出せば、社会のいろいろな問題を解決していくための、私達への呼びかけとして聞くことができると思うのです。
ことばで世界を変えよう!!
ことばに世界を変える力をよみがえらせよう!!
ことばの技術、表現の技術を磨き上げていくことはとても難しいけれど、「少しでも世界をよい方へ変えることができるなら」と願いながら、ネットの上でもリアルでも発言してゆければなと思っています。
ゼロからの出発
何年か前に、半年ほど入院していたことがありました。
そのとき、向かいのベッドの奥さんと気が合って、親しくさせてもらってました。
「難病」に指定された病気を患ってらっしゃって、具合の悪い時はとても苦しそう。
でもそうでないときは、よく新聞を読んだり、ニュースを見たりしてらっしゃいました。
いえ・・・新聞・ニュースくらいなら、うちの両親も見てるので、別に驚きません。
ある日のこと、その奥さんが隣のベッドの奥さんに、政府の経済政策について、さらっと意見を言ってらっしゃったのです!普通のおしゃべりの中で!!
わぁ!!
かっこいい!!!
だって、両親や身近な大人が政治や経済についておしゃべりするのを、それまで聞いたことがなかったんですもの。
かっこいい!!!
尊敬!!!!!
そのとき尊敬はしたものの、「自分には無理」とずっと思っていた私。
最近ようやく「政治」には興味がわいてきました。
これから、あの奥さんみたいになるには、何年も何年もかかるんだろうなあ。
でも、無理せずに、いろんなことを、自分のペースで消化していったらいい。
ゼロからの出発でも、恥ずかしがることはない。
ブログには、背伸びせずに、自分が十分消化できたことを、自分の言葉で書こう。
「おしゃべり」はまだまだできなくても、くださるコメントが私にいろんなことを気付かせ、考えさせてくれる。
そこでさらに調べたり考えたりしたことをお返しできたら、時間はかかるけど一種の「おしゃべり」かな?
あの奥さんを目指して、これからもマイペースで頑張りま〜す!!!
そのとき、向かいのベッドの奥さんと気が合って、親しくさせてもらってました。
「難病」に指定された病気を患ってらっしゃって、具合の悪い時はとても苦しそう。
でもそうでないときは、よく新聞を読んだり、ニュースを見たりしてらっしゃいました。
いえ・・・新聞・ニュースくらいなら、うちの両親も見てるので、別に驚きません。
ある日のこと、その奥さんが隣のベッドの奥さんに、政府の経済政策について、さらっと意見を言ってらっしゃったのです!普通のおしゃべりの中で!!
わぁ!!
かっこいい!!!
だって、両親や身近な大人が政治や経済についておしゃべりするのを、それまで聞いたことがなかったんですもの。
かっこいい!!!
尊敬!!!!!
そのとき尊敬はしたものの、「自分には無理」とずっと思っていた私。
最近ようやく「政治」には興味がわいてきました。
これから、あの奥さんみたいになるには、何年も何年もかかるんだろうなあ。
でも、無理せずに、いろんなことを、自分のペースで消化していったらいい。
ゼロからの出発でも、恥ずかしがることはない。
ブログには、背伸びせずに、自分が十分消化できたことを、自分の言葉で書こう。
「おしゃべり」はまだまだできなくても、くださるコメントが私にいろんなことを気付かせ、考えさせてくれる。
そこでさらに調べたり考えたりしたことをお返しできたら、時間はかかるけど一種の「おしゃべり」かな?
あの奥さんを目指して、これからもマイペースで頑張りま〜す!!!
小さなさかなの一匹としてできること
私がもし、何百匹、何千匹という、小さな魚の群の中の一匹で、
もし、私の群が大問題に直面していたら、何ができるだろう?
・・・と、これは、絵本のお話から思うことなのですが。
レオ=レオニさんの絵本『スイミー』。
お話をはしょって、いきなり途中から始めると・・・
***********************************
広い海の中、岩陰に、小さな赤い魚がたくさん、身を潜めています。
なぜかっていうと、岩陰から出ると、大きな魚に食べられてしまうから。
そこへ、同じ小さな、泳ぐのが速い、黒い魚、スイミーがやってきます。
「出てこいよ。みんなで遊ぼう。面白いものがいっぱいだよ!」
でも、赤い魚たちは、こわくて出て行けません。
このあと、お話は当然、スイミーを中心に展開します。
<実は、スイミー自身、小さな赤いきょうだいたちみんなを、大きな魚に呑み込まれた過去を持っていました。>
「いつまでも、そこにじっとしてるわけにはいかないよ。なんとか考えなくっちゃ。」
スイミーは考えます。いろいろと考えます。うんと考えます。
それから、突然叫びます。「そうだ!」
「みんな、いっしょに泳ぐんだ。海でいちばん大きな魚のふりして!」
スイミーは教えます。
「けっしてはなればなれにならないこと。みんな、持ち場をまもること。」
みんなが一匹の大きな魚みたいに泳げるようになった時、スイミーは言います。
「僕が、目になろう。」
***********************************
最初にこの絵本を読んだ時、恥ずかしながら、「みんな、持ち場を守ること。」のところで、「じ〜ん」ときてしまったのでした。
ちょうど、教育基本法改悪をとめよう、という、ある運動団体のビラをまいたりしてた頃でした。
教育基本法を「改正」する必要などない、と私は思っていました。
ただ、「改正」案の問題点は、っていうと、いろんな人がいろんなことを書いてらして、理解はできるんだけど、いまひとつ、すとんと心に落ちないし、考えがまとまりません。
そのうち、「改正」案の問題点について、勉強するのをやめてしまいました。
「私は考えなくていい。私は、小さなさかなの一匹でいい。言われるままに動けば。
ビラをまいたり、ファックスを送ったり。それが、私の持ち場を守ること。」
運動に参加したことを、後悔してるわけじゃないんです。
あの時は、「今やらなければ、きっと悔いを残す」と思ってやっていましたから。
ただ、思うんです。
絵本では、賢いスイミーが主人公だから、彼がひとりで考えて、みんなを指揮して、みんなの目になって、ハッピーエンド。
でも、今度また、現実の場面で、私自身が、たくさんの小さな赤い魚の一匹になったら、
今度はどうしよう?
今度は、まず私自身で、目の前の問題について考えることから始めたい。
それから、まわりの魚たちにも、少しずつ「考えようよ」って呼びかける。
それから、どう行動してゆけばよいか、ともに考えて、実行してゆく。
スイミーが教えたような「一斉行動」に、必ずしもならなくてもいい・・・
現実のお話は、絵本のようにきれいにまとまりそうにないけれど、それでいい。
今度、なにか目の前の問題に対して立ち向かう時には、少なくとも
「ちゃんと自分で考えて」行動する一匹、いえ一人でありたいなと思っています。
もし、私の群が大問題に直面していたら、何ができるだろう?
・・・と、これは、絵本のお話から思うことなのですが。
レオ=レオニさんの絵本『スイミー』。
お話をはしょって、いきなり途中から始めると・・・
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広い海の中、岩陰に、小さな赤い魚がたくさん、身を潜めています。
なぜかっていうと、岩陰から出ると、大きな魚に食べられてしまうから。
そこへ、同じ小さな、泳ぐのが速い、黒い魚、スイミーがやってきます。
「出てこいよ。みんなで遊ぼう。面白いものがいっぱいだよ!」
でも、赤い魚たちは、こわくて出て行けません。
このあと、お話は当然、スイミーを中心に展開します。
<実は、スイミー自身、小さな赤いきょうだいたちみんなを、大きな魚に呑み込まれた過去を持っていました。>
「いつまでも、そこにじっとしてるわけにはいかないよ。なんとか考えなくっちゃ。」
スイミーは考えます。いろいろと考えます。うんと考えます。
それから、突然叫びます。「そうだ!」
「みんな、いっしょに泳ぐんだ。海でいちばん大きな魚のふりして!」
スイミーは教えます。
「けっしてはなればなれにならないこと。みんな、持ち場をまもること。」
みんなが一匹の大きな魚みたいに泳げるようになった時、スイミーは言います。
「僕が、目になろう。」
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最初にこの絵本を読んだ時、恥ずかしながら、「みんな、持ち場を守ること。」のところで、「じ〜ん」ときてしまったのでした。
ちょうど、教育基本法改悪をとめよう、という、ある運動団体のビラをまいたりしてた頃でした。
教育基本法を「改正」する必要などない、と私は思っていました。
ただ、「改正」案の問題点は、っていうと、いろんな人がいろんなことを書いてらして、理解はできるんだけど、いまひとつ、すとんと心に落ちないし、考えがまとまりません。
そのうち、「改正」案の問題点について、勉強するのをやめてしまいました。
「私は考えなくていい。私は、小さなさかなの一匹でいい。言われるままに動けば。
ビラをまいたり、ファックスを送ったり。それが、私の持ち場を守ること。」
運動に参加したことを、後悔してるわけじゃないんです。
あの時は、「今やらなければ、きっと悔いを残す」と思ってやっていましたから。
ただ、思うんです。
絵本では、賢いスイミーが主人公だから、彼がひとりで考えて、みんなを指揮して、みんなの目になって、ハッピーエンド。
でも、今度また、現実の場面で、私自身が、たくさんの小さな赤い魚の一匹になったら、
今度はどうしよう?
今度は、まず私自身で、目の前の問題について考えることから始めたい。
それから、まわりの魚たちにも、少しずつ「考えようよ」って呼びかける。
それから、どう行動してゆけばよいか、ともに考えて、実行してゆく。
スイミーが教えたような「一斉行動」に、必ずしもならなくてもいい・・・
現実のお話は、絵本のようにきれいにまとまりそうにないけれど、それでいい。
今度、なにか目の前の問題に対して立ち向かう時には、少なくとも
「ちゃんと自分で考えて」行動する一匹、いえ一人でありたいなと思っています。
政治ブログを読むときは
前の記事(「改正教育基本法成立に抗して」)で、ひとつ、よく知らずにとても無責任なことを書いてしまったことに気付いたので、追加訂正です。
何か始めてみませんか、っていうところで、
「たとえば政治ブログを読んでみるとか」
なんて書いてしまいました。
でも、そのとき気をつけなくちゃいけない、基本的なことがある。
それを今日、あるブログを読んでいて、気付かされました。
「らんきーブログ」の18日の記事『政治ブログランキング』です。[こちら]
以下は、政治ブログのランキングについて書かれたところ。
>政治に詳しい方はいい。自分はぶれない考えがあるだろうから。
しかしネット無党派、あるいはネット無関心派あるいはこの頃政治に興味が湧いてきたような方々にとっては「ランキング」は大いなる目安にはなるのである。
先ほどの人気ランキングでは上位はほとんど「右系」なのである。
政治に詳しく無い人が見れば。それが世の中の主流だと思うこともあるだろう。
「ブログのランキングだけ見て、それが世の中の主流と思わないくださいね。」
これが、この前の私の記事への、追加訂正です。
ほかにも、書き手、ぶいっちゃんの書いてらっしゃることには、いろいろ考えさせられました。
特に、次の部分。
>いい記事だ と思われた時は是非応援クリックして欲しいし、多くの人に読んで欲しいと思われるブログがあったら読者の方も面倒でしょうがランキングボタン押してあげたらいいと思うのです。そのクリックする事も立派な「情報伝播」という行動に値すると思います。
世間は何によって動かされているのか?理想や綺麗事や自分の主義主張は置いといてでも、まずそこから考えて行動していかないとなかなか勝てるものではありません。
「よい記事だ」「よいブログだ」と思ったら、その記事やブログを「多くの人に読んでもらうために」クリックすること。
それは、今日からでも自分にできる「行動」なんだ!
・・・・この前、「何か」始めませんか、と書きながら、その何かが自分にもよくわからなくて、もどかしく思っていた私への、これはひとつの答えでした。
何か始めてみませんか、っていうところで、
「たとえば政治ブログを読んでみるとか」
なんて書いてしまいました。
でも、そのとき気をつけなくちゃいけない、基本的なことがある。
それを今日、あるブログを読んでいて、気付かされました。
「らんきーブログ」の18日の記事『政治ブログランキング』です。[こちら]
以下は、政治ブログのランキングについて書かれたところ。
>政治に詳しい方はいい。自分はぶれない考えがあるだろうから。
しかしネット無党派、あるいはネット無関心派あるいはこの頃政治に興味が湧いてきたような方々にとっては「ランキング」は大いなる目安にはなるのである。
先ほどの人気ランキングでは上位はほとんど「右系」なのである。
政治に詳しく無い人が見れば。それが世の中の主流だと思うこともあるだろう。
「ブログのランキングだけ見て、それが世の中の主流と思わないくださいね。」
これが、この前の私の記事への、追加訂正です。
ほかにも、書き手、ぶいっちゃんの書いてらっしゃることには、いろいろ考えさせられました。
特に、次の部分。
>いい記事だ と思われた時は是非応援クリックして欲しいし、多くの人に読んで欲しいと思われるブログがあったら読者の方も面倒でしょうがランキングボタン押してあげたらいいと思うのです。そのクリックする事も立派な「情報伝播」という行動に値すると思います。
世間は何によって動かされているのか?理想や綺麗事や自分の主義主張は置いといてでも、まずそこから考えて行動していかないとなかなか勝てるものではありません。
「よい記事だ」「よいブログだ」と思ったら、その記事やブログを「多くの人に読んでもらうために」クリックすること。
それは、今日からでも自分にできる「行動」なんだ!
・・・・この前、「何か」始めませんか、と書きながら、その何かが自分にもよくわからなくて、もどかしく思っていた私への、これはひとつの答えでした。
