バカにされたんだか、単なる考え方の違いなのかはわからないんだけどね。
先日、はぴねすを昔、一方的にふった男から突然電話があった。
はぴねす、ふられたこと自体は、「それぞれの進む道が違ったのだからしょうがない。」と今では思っている。
だけど、ふられてもしばらくは諦めきれずに、しばらくたってようやく電話で連絡を取ったとき・・・彼の対応があまりにも冷たかったので、大嫌いになった。
それで終わっていれば、「ひょっとしたら、あの最後の電話のときの冷たさは、私をあきらめさせるためだったのかも。」なんて、おめでたい推測もできないではない。
が、先日、彼から突然の電話。
「あの時は、どぎまぎして、そっけなく聞こえたかもしれない。」ですって?
はぁ〜〜?
今頃なに電話してきてんのよ!!
「今度の月曜、大阪に出張なんだけど会えないか?」ですって?
あんた、九州から大阪に出張だからって、私を大阪まで呼び出せるとでも?
「大阪まで遠いんか?」ですって?!
そういう問題じゃないでしょ!!(確かに広島からは遠いけどね)
あんたは、ひょっとしたら
「お茶飲むだけ」くらいの軽い気持ちだったのかもしれないけど、
あんた、今は妻子持ちでしょ?!
私はそういう都合のいい女ではないっ!!!
「これからも連絡を取ってもいいか」と尋ねられたので、
丁重にお断りいたしました。
はぴねす、既婚男性と、そういうお付き合いはいたしません!!!
「はぴねすさん、ちょっとカタいんじゃない?」と思う人もいるかもしれないけど・・・
友人にも「その人、既婚でしょ?急に会おうなんて、おかしいんじゃない?」と言われたので、
はぴねすの「おかしい!」と思った感覚を信じることにします。
*****
話はころっと変わって・・・
はぴねす、しばらく前に、ある性格検査をしてもらう機会がありました。
(占いみたいなのじゃなくて、ちゃんとしたもの。)
大きく5つの因子に分かれた検査なのだけど、そのひとつ「外向性―内向性」の因子が「内向性」の方に強く偏ってましたね。
そのなかでも、「群居―独居」というモノサシに関していちばん極端で、「独居大好き!!!」さんでした。
父の悪口を、前にかなり書いたけれど・・・
小さい頃から、「結婚してこんな夫婦になるくらいなら、結婚なんか、無理してすることないな。」なんて、夢のないことを思ってました。
今も、あんまり変わらないかな。
ひとりでいるのが苦痛じゃないしね。
時々、ごく親しい人と会えればハッピー・・・かな。
最近はブログでお知り合いも増えて、
ますますハッピーに過ごしております。
みなさん、どうもありがとう!!!
バカにしないでよぉ〜♪(山口百恵風に)
取り越し苦労の克服法:私の場合
昔の私は、かなり取り越し苦労のひどいタチでした。
でも、病気で当分仕事ができなくなって退職してからは、それがかなり変わりました。
「いつこの病気は治るの?」「もっと長い時間の仕事につけるようになるの?」
・・・そんなこと考えても無駄なので考えません。なるようにしかなりませんもの。
そういうわけで、こういった重たい不安は今のところ全く感じることなく、気楽に過ごしています。
「気分はバケーション♪♪」と友達にはよく言っています。
でも、取り越し苦労の癖が全くなくなったわけではありません。
ちょっとした先のことにプレッシャーとか不安を感じる癖はどうも抜けません。
たとえば、きのうは塾の春期講習の第1日目でした。
初めて教える生徒で、通っている学校から察するにかなり学力高そうです。
「私より賢い子だったらどうしよう?・・・」
「私立の中高一貫校だから、進度はかなり公立より進んでるよね。ちょうどいい教材が塾にあるかな?・・・」
当日初めて生徒に会うし、生徒のデータもないし、不安になりかけます。
そういうときは?・・・
こういうときに、思い出すことにしていることがあります。
毎週病院に車で通う途中に、交通量の多い国道へ、信号無しで合流する地点があります。
運転が下手な私は、ここが苦手で、まごまごしていると後ろから車が追い抜いていきます。
何度かまごまごして焦った私は、やがて、合流地点の何キロも前から不安を感じるようになってしまいました。
バッカみたいでしょ?
ある日やっとそのバカらしさに気付いた私は、何キロか前からチラッと不安を感じても、「心配しても意味ないでしょう?」と自分に言い聞かせて、不安を頭の中から追いやることに。
最近ではすっかりこんな不安はなくなりました。
以来、先のことで小さな不安を感じるときは、このことをイメージすることにしています。
「役に立つ」心配なら、すればいい。
でも、私の心配なんて、たいてい「うまく合流できるかしら」と何キロも前から不安になる、なんていう、ホントに何の役にも立たないことがほとんどですから。
*****
きのうの春期講習第1日目も、何の問題もなく順調に進みましたよ。
始まる前までしていた心配は、ぜーんぶ取り越し苦労。
残りの講習もうまくいきそうです♪♪
でも、病気で当分仕事ができなくなって退職してからは、それがかなり変わりました。
「いつこの病気は治るの?」「もっと長い時間の仕事につけるようになるの?」
・・・そんなこと考えても無駄なので考えません。なるようにしかなりませんもの。
そういうわけで、こういった重たい不安は今のところ全く感じることなく、気楽に過ごしています。
「気分はバケーション♪♪」と友達にはよく言っています。
でも、取り越し苦労の癖が全くなくなったわけではありません。
ちょっとした先のことにプレッシャーとか不安を感じる癖はどうも抜けません。
たとえば、きのうは塾の春期講習の第1日目でした。
初めて教える生徒で、通っている学校から察するにかなり学力高そうです。
「私より賢い子だったらどうしよう?・・・」
「私立の中高一貫校だから、進度はかなり公立より進んでるよね。ちょうどいい教材が塾にあるかな?・・・」
当日初めて生徒に会うし、生徒のデータもないし、不安になりかけます。
そういうときは?・・・
こういうときに、思い出すことにしていることがあります。
毎週病院に車で通う途中に、交通量の多い国道へ、信号無しで合流する地点があります。
運転が下手な私は、ここが苦手で、まごまごしていると後ろから車が追い抜いていきます。
何度かまごまごして焦った私は、やがて、合流地点の何キロも前から不安を感じるようになってしまいました。
バッカみたいでしょ?
ある日やっとそのバカらしさに気付いた私は、何キロか前からチラッと不安を感じても、「心配しても意味ないでしょう?」と自分に言い聞かせて、不安を頭の中から追いやることに。
最近ではすっかりこんな不安はなくなりました。
以来、先のことで小さな不安を感じるときは、このことをイメージすることにしています。
「役に立つ」心配なら、すればいい。
でも、私の心配なんて、たいてい「うまく合流できるかしら」と何キロも前から不安になる、なんていう、ホントに何の役にも立たないことがほとんどですから。
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きのうの春期講習第1日目も、何の問題もなく順調に進みましたよ。
始まる前までしていた心配は、ぜーんぶ取り越し苦労。
残りの講習もうまくいきそうです♪♪
ヒロシマ
私の家族のひとりには、大きなやけどの跡があります。
小さい頃は、「あれは、お勤め先の調理場でやけどした跡なのよ。」と聞かされていました。
小5のとき、広島の平和記念資料館に、社会見学旅行で行くことになりました。
広島への原爆投下に関するいろいろな資料があるところです。
広島で育つ子供は、そうやって何かの学校行事で資料館を訪れることが多いのではないかと思います。
出発の前日だったか、家族にそっと告げられました。
「あのやけどの跡はね、本当は原爆でできたのよ。」
資料館には、いろいろな展示があったのだけれど、印象に残っているのはひとつ。
被爆したぼろぼろの姿で、片手におむすびを持って立ち尽くす女の子の像。
細かいところは覚えてないけど、そのイメージは今でも心の目に焼き付いています。
そのとき感じた、言葉にできない強烈な感情も、そのイメージと結びついています。
だから、私にとっての「ヒロシマ」は、ケロイドを持つ家族と、あの女の子の像。
私にとっての「戦争」も、それに重なります。
***********************************
なぜ私が<自衛隊の海外派遣「恒久法」>なんて話を3回も続けたのか、これでなんとなくわかっていただけたでしょうか?
こわいんです。
日本が、ずるずるとまた戦争をする国に逆戻りするんじゃないかと。
「憲法9条を守ろう!」と言っている間に、9条の条文は同じのまま、実質的に戦争ができる国にこっそり衣替えされてしまうのではないかと。
***********************************
もし機会がおありでしたら、ぜひ、広島の平和記念資料館へお立ち寄りください。
原爆についてだけでなく、「戦争」について何かを感じてもらえると思います。
そのうえで、改めて「平和」について、「平和憲法」について、考えてくださるとうれしいです。
私ももう一度訪れて、今度は大人の目で見てみたいと思っています。
小さい頃は、「あれは、お勤め先の調理場でやけどした跡なのよ。」と聞かされていました。
小5のとき、広島の平和記念資料館に、社会見学旅行で行くことになりました。
広島への原爆投下に関するいろいろな資料があるところです。
広島で育つ子供は、そうやって何かの学校行事で資料館を訪れることが多いのではないかと思います。
出発の前日だったか、家族にそっと告げられました。
「あのやけどの跡はね、本当は原爆でできたのよ。」
資料館には、いろいろな展示があったのだけれど、印象に残っているのはひとつ。
被爆したぼろぼろの姿で、片手におむすびを持って立ち尽くす女の子の像。
細かいところは覚えてないけど、そのイメージは今でも心の目に焼き付いています。
そのとき感じた、言葉にできない強烈な感情も、そのイメージと結びついています。
だから、私にとっての「ヒロシマ」は、ケロイドを持つ家族と、あの女の子の像。
私にとっての「戦争」も、それに重なります。
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なぜ私が<自衛隊の海外派遣「恒久法」>なんて話を3回も続けたのか、これでなんとなくわかっていただけたでしょうか?
こわいんです。
日本が、ずるずるとまた戦争をする国に逆戻りするんじゃないかと。
「憲法9条を守ろう!」と言っている間に、9条の条文は同じのまま、実質的に戦争ができる国にこっそり衣替えされてしまうのではないかと。
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もし機会がおありでしたら、ぜひ、広島の平和記念資料館へお立ち寄りください。
原爆についてだけでなく、「戦争」について何かを感じてもらえると思います。
そのうえで、改めて「平和」について、「平和憲法」について、考えてくださるとうれしいです。
私ももう一度訪れて、今度は大人の目で見てみたいと思っています。
初詣での思い出
もう長いこと、初詣でには行っていませんでした。
今朝、ふと思いついて行ってきました。
朝の散歩のついでだけど、ばちなんかあたらないよね。
家を出る前に、「そうそう、お賽銭」と思って財布をごそごそ。
「ご縁」があるといいかな?と、5円玉2つと、ついでに50円玉2つをポケットへ。
近所の神社なんだけど、詣でたことがありませんでした。
普段から人気(ひとけ)がなさそうなところだけど、やっぱり誰もいません。
参拝者がいないだけでなく、どうやら神社の人もいないようです。
がらがら鳴らす鐘(?鈴かな?)もないし、おみくじなんかもないし。
でも大丈夫!お賽銭箱だけはちゃーんとありました!!
110円のお賽銭で、我が家と弟一家の、今年の健康と幸福をしっかりお願いしてきました。
***********************************
以前、もっと田舎に住んでいた頃は、欠かさず初詣でに行っていました。
大晦日の紅白が終わる頃、懐中電灯を持って、弟と歩いて出発。
近所の家からも次々と人が出てきて、みんな歩いて近所の神社を目指します。
途中からバス通りに出るのだけれど、通りはほとんど歩行者天国状態。
神社に着くと、まずは列に並んで、お賽銭を投げて、ガラガラを鳴らしてお願い事。
そのあとは、境内の大きな焚き火にあたりながら、しばらくおしゃべり。
お守りなんか買うのもいいし、おみくじ引くのも楽しいですね。
ある年は、抽選があって、皆なにか景品をもらって帰ったり。
またある年は、皆が屠蘇袋(お屠蘇をつくるのにみりんやお酒にひたすもの)をもらって帰ったり。
こんな、なんとなく地元のお祭り気分の初詣でが、私はとても好きでした。
今でもあそこでは、あんな初詣でを続けているのかなあ・・・
今朝、ふと思いついて行ってきました。
朝の散歩のついでだけど、ばちなんかあたらないよね。
家を出る前に、「そうそう、お賽銭」と思って財布をごそごそ。
「ご縁」があるといいかな?と、5円玉2つと、ついでに50円玉2つをポケットへ。
近所の神社なんだけど、詣でたことがありませんでした。
普段から人気(ひとけ)がなさそうなところだけど、やっぱり誰もいません。
参拝者がいないだけでなく、どうやら神社の人もいないようです。
がらがら鳴らす鐘(?鈴かな?)もないし、おみくじなんかもないし。
でも大丈夫!お賽銭箱だけはちゃーんとありました!!
110円のお賽銭で、我が家と弟一家の、今年の健康と幸福をしっかりお願いしてきました。
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以前、もっと田舎に住んでいた頃は、欠かさず初詣でに行っていました。
大晦日の紅白が終わる頃、懐中電灯を持って、弟と歩いて出発。
近所の家からも次々と人が出てきて、みんな歩いて近所の神社を目指します。
途中からバス通りに出るのだけれど、通りはほとんど歩行者天国状態。
神社に着くと、まずは列に並んで、お賽銭を投げて、ガラガラを鳴らしてお願い事。
そのあとは、境内の大きな焚き火にあたりながら、しばらくおしゃべり。
お守りなんか買うのもいいし、おみくじ引くのも楽しいですね。
ある年は、抽選があって、皆なにか景品をもらって帰ったり。
またある年は、皆が屠蘇袋(お屠蘇をつくるのにみりんやお酒にひたすもの)をもらって帰ったり。
こんな、なんとなく地元のお祭り気分の初詣でが、私はとても好きでした。
今でもあそこでは、あんな初詣でを続けているのかなあ・・・
「お嫁さん」の立場って?
私のことじゃありません。去年、弟と結婚したSさんのことなんですけど。
Sさんは、さっぱりした性格で、よく気の利く、とてもできた人。
そんなふうに、Sさんの自慢をしていたら、友人に言われちゃいました。
「そんなふうに思ってるのはいいけど、それに甘えてちゃだめよ。
お嫁さんの立場に立って、あなたがいろいろ思いやってあげなきゃ。」
えっ?う〜ん・・・考えてみたことありませんでした。
友人に、彼女のことを「お嫁さん」と呼ばれることすら、違和感があったくらい。
私は、Sさんにとってはいわゆる小姑で、実家で暮らしています。
近くに住む弟夫婦は、姪っ子を連れて、母の見舞いがてら、よく実家に
遊びにきてくれるのだけれど、Sさんはどんなふうに感じているのかしら?
「お嫁さん」の立場を思いやるって、私にとっては難問。
私自身が結婚したことがないので、「夫の実家ってどんなもの?舅、姑、小姑って?」と、いくら考えても実感としてわいてきません。
想像力欠乏症ですねぇ・・・
そもそも、私って人間は、思いやりに欠けるほうなんじゃないかって、時々思いますもの。
それで、最近は、弟たちが来た時は、Sさんが父と母の前で居心地悪くしてないかな、小姑の私に余計な気を遣ってないかな、というレベルで気をつけるようにはしてるんですけど。
(でもそれだと、今までと、あまり変わらないんですけどね。)
人の立場にたって思いやる事のむずかしさを、つくづく感じるきょうこのごろです。
Sさんは、さっぱりした性格で、よく気の利く、とてもできた人。
そんなふうに、Sさんの自慢をしていたら、友人に言われちゃいました。
「そんなふうに思ってるのはいいけど、それに甘えてちゃだめよ。
お嫁さんの立場に立って、あなたがいろいろ思いやってあげなきゃ。」
えっ?う〜ん・・・考えてみたことありませんでした。
友人に、彼女のことを「お嫁さん」と呼ばれることすら、違和感があったくらい。
私は、Sさんにとってはいわゆる小姑で、実家で暮らしています。
近くに住む弟夫婦は、姪っ子を連れて、母の見舞いがてら、よく実家に
遊びにきてくれるのだけれど、Sさんはどんなふうに感じているのかしら?
「お嫁さん」の立場を思いやるって、私にとっては難問。
私自身が結婚したことがないので、「夫の実家ってどんなもの?舅、姑、小姑って?」と、いくら考えても実感としてわいてきません。
想像力欠乏症ですねぇ・・・
そもそも、私って人間は、思いやりに欠けるほうなんじゃないかって、時々思いますもの。
それで、最近は、弟たちが来た時は、Sさんが父と母の前で居心地悪くしてないかな、小姑の私に余計な気を遣ってないかな、というレベルで気をつけるようにはしてるんですけど。
(でもそれだと、今までと、あまり変わらないんですけどね。)
人の立場にたって思いやる事のむずかしさを、つくづく感じるきょうこのごろです。
