あら、こんなところにタンポポが♪
あら、こんなにちっちゃなムスカリが♪
ネギの間にも、ひょろっとムスカリが♪
(あら、左下に指が写ってる。。気にしないでね〜♪)
春ですね♪♪♪
今日は、朝書いた日記(紙の日記ですね)から。
記事にはしないつもりだったんだけど、ちょっと訳があってUPすることに。
ひとりごとなので、読み流していただければ結構です。
*****
最近たまに、政治ブログランキング上位のブログを読んでいる。
この前読んだのは、理解不能だった。
今朝読んだのは、理解はできたけど、読んでいて悲しくなった。
中身は、「反中国・反北朝鮮・反韓国」といった系統のものだった。
なんでそんなに「嫌いだ!嫌いだ!」って言い立てるんだろう?
なんで「あっちが悪い」って責め立てるんだろう?
そりゃあ、個人レベルでも、相性なんかがあって「あの人どうも好きになれないな」っていうのはあるだろう。
相手の方も、こっちのことをこころよく思ってないかもしれない。
でも、お隣近所なら、なんとか表面上だけでもうまくやろうとするのが大人じゃないかな?
今までいろんないきさつがあり、今もいろいろあるのだとは思うのだけれど、
お隣近所の国の非を見つけ、責め立てることを目的としているようなブログは、なんだか悲しいと思った。
そういうブログを読んで怒りをかき立てられる人たちが、たくさんいるのだと思う。
そういう人たちは、国の中で恐ろしいことが少しづつ進められていることから目をそらされているのではないだろうか?
権力者にとって思うつぼだ・・・
*****
ここまでが、朝書いた日記です(ちょっと書き換えました)。
書き写しているうちに気が変わったので、午後読んだブログの中で紹介されていた絵本の紹介をしたいと思います。
ここからは、読んでもらえるとうれしい。
数年前に話題になった絵本 『戦争のつくりかた』。
http://smile.hippy.jp/ehon/読んでみてどう思った?
「そんなバカな。取り越し苦労でしょ!」と思った?
それとも「そういえば、そんなことが起こっているような気もする。」と思った?
そう思った方は、この絵本を紹介してくれているブログ「灰色のベンチから」
<こちら>も読んでみてください。
初めて読むとちょっと読みづらい、かもしれないけど。
*****
最近思うんだけど、100パーセントの真実を見抜けるのは神様(もしいたらね)とか、アニメでおなじみ、名探偵コナンくんくらいしかいないんじゃないのかな?
生身の人間には、真実に近づく努力しかできない。
大切な真実から目をそらされてしまい、それに気付かずにいるんじゃ悔しいと思う。
真実に近づく努力はしてゆきたい。
むずかしいけどね・・・
昔の私は、かなり取り越し苦労のひどいタチでした。
でも、病気で当分仕事ができなくなって退職してからは、それがかなり変わりました。
「いつこの病気は治るの?」「もっと長い時間の仕事につけるようになるの?」
・・・そんなこと考えても無駄なので考えません。なるようにしかなりませんもの。
そういうわけで、こういった重たい不安は今のところ全く感じることなく、気楽に過ごしています。
「気分はバケーション♪♪」と友達にはよく言っています。
でも、取り越し苦労の癖が全くなくなったわけではありません。
ちょっとした先のことにプレッシャーとか不安を感じる癖はどうも抜けません。
たとえば、きのうは塾の春期講習の第1日目でした。
初めて教える生徒で、通っている学校から察するにかなり学力高そうです。
「私より賢い子だったらどうしよう?・・・」
「私立の中高一貫校だから、進度はかなり公立より進んでるよね。ちょうどいい教材が塾にあるかな?・・・」
当日初めて生徒に会うし、生徒のデータもないし、不安になりかけます。
そういうときは?・・・
こういうときに、思い出すことにしていることがあります。
毎週病院に車で通う途中に、交通量の多い国道へ、信号無しで合流する地点があります。
運転が下手な私は、ここが苦手で、まごまごしていると後ろから車が追い抜いていきます。
何度かまごまごして焦った私は、やがて、合流地点の何キロも前から不安を感じるようになってしまいました。
バッカみたいでしょ?
ある日やっとそのバカらしさに気付いた私は、何キロか前からチラッと不安を感じても、「心配しても意味ないでしょう?」と自分に言い聞かせて、不安を頭の中から追いやることに。
最近ではすっかりこんな不安はなくなりました。
以来、先のことで小さな不安を感じるときは、このことをイメージすることにしています。
「役に立つ」心配なら、すればいい。
でも、私の心配なんて、たいてい「うまく合流できるかしら」と何キロも前から不安になる、なんていう、ホントに何の役にも立たないことがほとんどですから。
*****
きのうの春期講習第1日目も、何の問題もなく順調に進みましたよ。
始まる前までしていた心配は、ぜーんぶ取り越し苦労。
残りの講習もうまくいきそうです♪♪
このところ、明治以降の日本の歴史、特に戦争の歴史について、よく知らないままモヤモヤした思いを抱えていた。
そんなとき、そのモヤモヤを少しすっきりさせてくれる文章に出会った。
C・ダグラス・ラミス『なぜアメリカはこんなに戦争をするのか』の中にある、「暗い時代のための教育法」と題する文章。
その文頭から途中まで、ところどころ略しながら、転載させていただく。
>
一九六〇年代初め、日本の学生運動の代表が何人かソ連で行われた青年会議に参加した。そこで彼らは勇敢にも、当時ソ連がしていた核実験に抗議した。しかし、彼らが驚いたことに、ソビエト陣営の学生達はそのような実験はしていないと主張したのだ。ソビエト陣営の外側にいる誰もが聞いたことがあるというのに、その内側の学生達は聞いたことがなかったのだ。世界中の人々のうち、彼らだけが自国の内側で起こっていることを知らなかったらしい。
今日の日本には、当時のソ連にあったような思想統制は存在しない。しかし、どうやら似たような状態になろうとしている。また、すでに部分的にそうなっているようだ。自分の国やその歴史に関して、他のところでは常識になっているというのに、多くの若者たちが知らない事柄がある。特に、第二次世界大戦に関してそうである。*****
途中だがちょっと注を入れさせていただくと、この文章が書かれたのは2001年。
だが、続いてラミス氏が述べている状況は、2007年の今日、ますますひどくなっているように、私には思われる。
文章は、中略の後、こう続く。
>
二十年、あるいはそれ以上にわたって、政府は「国際化」をがなりたててきている。その一方で、政府とさまざまな御用学者は、日本の外側で常識的理解となっているものとは全く異なる歴史的理解を日本の内側ですすめ、またできるかぎり、若い人たちから、日本の外側で常識的知識となっている歴史的事実を隠そうとする運動に強く取り組んでいる。そして、依然として彼らは「国際化」を語り続けるのだ。この様子を「鎖国的国際化」と呼ぼうではないか。
ハーバード・ビックスの『天皇ヒロヒトと日本の近代国家』(邦訳『昭和天皇』講談社<管理人注:あとで>)がピューリツァー賞を与えられたちょうどその頃、「新しい歴史教科書をつくる会」が喜んだことに、彼らのつくった教科書が文部省検定に合格し、また今年度出版の他の教科書のほとんども、「つくる会」が提唱してきたような変更を採用した。これはまさにその時代の象徴である。というのは、ここに、歴史の本とはどういうものであるべきか、という二つの全く異なる概念を目にすることができるからだ。書くのに十年を費やした、ビックスの著作は細心に実証され、本当に起こったことは何なのかを見い出したいという欲求からうまれた。「つくる会」の現行の教科書への批判は、主にそれらが不正確な事実であるとか、実証が不充分であるといったことではなく、生徒達の自分自身や自国についての気分を悪くさせる、というものだ。言いかえれば、教科書に何を書くかは、若者達をどんな気分にさせるかで決められるべき、ということだ。
しかし、これは歴史家がしたがうには貧弱な方法論だ。*****
<管理人注>さきに略した部分に、この本に2001年、アメリカのピューリーツァー賞が贈られたことが述べられている。
【“日本の戦争の歴史をねじ曲げたい人たち”の続きを読む】
おかげさまで「九条が守ってきたもの」へのコメントをたくさんいただきました。
コメントも読んでいただけるとうれしいなと思って、
それ以降に更新した記事は一時的に消してます。
今私がいちばん考えたいことが、憲法改正問題。(特に第九条について。)
いただいたコメントを読んで改めて考えたこともあり、お返事に書きました。
どうか、お気が向いたらコメントも読んでいってくださいませm(_ _)m

ローズマリーも花を咲かせました。
ローズマリーっていうのは、
わりとよく使われるハーブです。
写真の左斜め上や右斜め上に
伸びてる枝の、
葉っぱの部分を使います。
最近はスーパーなんかでも
パックにして売ってますね。
これ、ジャガイモ料理に合うんです♪
ジャガイモに切れ目を入れといて、
レンジでチンして冷めないうちに皮をむく。(熱いよ!)
一口大に切ってから、
油(できればオリーブ油)とバターとでローズマリーを炒めて
ジャガイモを加え、塩・コショウをしたら出来上がり。
バターを使うと焦げ目がいい具合についておいしそう。
鶏のモモ肉も、同じようにして、いっしょに食べるとおいしいです。
気が向かれたら、一度お試しあれ。
ただしこの料理、人に聞くところでは、子供たちには評判がよくない様子。
大人向きのハーブ・・・かもね。
あせびです。
漢字で書くと、「馬酔木」。
株全体に毒があって、牛や馬が食べると麻痺するというので、こう書くそうですよ。
今まで見たことのある馬酔木は、せいぜい私の背丈くらいでした。
でもこの馬酔木の高さは3メートルくらい。
下から見上げて撮りました。
花は房になって垂れ下がっているのですが、ちょっとわかりにくかったでしょうか?
つい先日まで、「アメリカって国は、どうしてあんなに戦争好きなんだ?」と思っていた。
だけど先日、ある本を読んでいて、頭をガツンと殴られた気がした。
その本は、立花隆さんの『滅びゆく国家 日本はどこへ向かうのか』(2006年)。
以下、転載させていただく。
>
私は憲法第九条は、この六十年間(正確にいうと、六十年にちょっと欠けるが)の日本の最大の国益の守り手であったと思っている。
憲法第九条のおかげで日本が得たものは沢山あるが、なかんずく、六十年間、日本が戦争によって、同胞の血を一滴も流さないですんできたことが何よりも誇らしいことだと思う。このようなことは、日本の近代史においていまだかつてなかったことである。一九四五年以前は、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、シベリア出兵、山東出兵、満州事変、日中戦争と、日本は戦争をやり続けてきた。そして、世界でも有数の好戦国家と思われてきた。*****
え?日本はこんなに戦争をしてきて、「世界でも有数の好戦国家」と思われていたの・・・
歴史に弱い私の頭の中では、「日本の戦争=第二次世界大戦?」くらいの、いいかげんなイメージがある。(「軍国日本」という言葉もそういうイメージの中にある。)
それでちょっと、ここに挙げられている戦争をいつ日本が行ったのかだけ、確認してみることにする。
1894〜95(明治27〜28) 日清戦争
1904〜05(明治37〜38) 日露戦争
1914〜18(大正 3〜 7) 第一次世界大戦
1918〜22(大正 7〜11) シベリア出兵
1927〜28(昭和 2〜 3) 山東出兵
1931〜33(昭和 4〜 6) 満州事変
1931〜45(昭和 4〜20) 日中戦争
この期間(1894〜1945)の51年間だけ見てみると、ひっきりなしに戦争をしてきたんだね、日本は。
そして、立花さんはこう続けている。
>
日本はこの六十年間、同胞の血を流さなかっただけでなく、日本国の名において他国の国民を一人も殺さないできた。世界の主要国で、そのような実績(誰も殺さず誰も殺されない不戦国家であり続けたこと)ができた国は、日本の他にはない。憲法第九条があったが故に、日本は名実ともに平和国家の名にふさわしい実績を持つ国になりえたのである。*****
私達が、過去に戦争をし続けた時代のことを知ったうえで、戦後60年の平和な時代を考えるとき、「なぜこんな平和が?」という疑問が浮かんでこない?
やはり立花さんの言うように、憲法第9条のおかげなくしては考えられないのではないの?
立花さんは別の箇所でこうも書いている。
>
国家百年の計を考えるときには、当然のことながら、その前提として、百年のタイムスケールで過去の歴史を見すえることが必要になってくる。*****
ごく最近のことや、目先のことだけに気を取られて、改憲を語るのはよそうよ。
護憲派の私も、もう少し歴史を学んでみるからさ。

いえ、オオイヌノフグリでしょうか?
保育所の隣の空き地です。
土がやせているのか、ペンペングサもホトケノザもみんな小ぶりなんです。
いろいろ撮りたくて夢中になっていたら、斜面で滑って左ひざを少しひねりました。
とほほ、まだ痛い・・・
ところで、イヌノフグリの名前の由来はご存知?
フグリって言うのは漢字で書くと「陰嚢」・・・あ、書いてしまいました。
実の形が犬のふぐりに似ているころからの命名だそうです。
どんな人が名前をつけたんだろ・・・
今まで使ってきた、主にスケジュール記入用の手帳は、3月までで終り。
ぼつぼつ4月の予定も入ってきたので、新しい手帳にお引越しをしました。
まず、家族と友人の誕生日の欄に記入。
母の日、父の日も忘れないこと。
(これは全部、カレンダーにも書いとかないとね。)
それから、アドレス欄に、ごく親しい人の分だけ記入。
(これは、旅先で絵葉書を出したくなったときなんかのため。)
あとは、MEMO欄に、座右の銘・・・というほどでもないのだけれど、
時々「気をつけなきゃ」と思って手帳を開いて見る言葉をいくつか。
恥ずかしいけど、ちょっとだけ公開。
「今何ができるか。それがすべて。」
「明日のことまで思い悩むな。
明日のことは明日自らが思い悩む。
その日の苦労はその日だけで十分である。」
(これは多分、聖書のなかの言葉でしょうね。)
あと2つあるんだけど、それは秘密ってことで。
あ、そうだ。本当の座右の銘を思い出しました。
といっても、デスクの右の本立ての中にまぎれて、
しょっちゅう見えなくなってますけど。
それは・・・
「今日一日を楽しむ。」・・・全部、「今、このときを大切に」っていう思いでつながってますね。
県議選の投開票日は4月8日。
一昨日、昨日に立候補予定者の説明会が開かれた、と新聞に出ていました。
ふむふむ、もうそういう季節になりましたか。
昨日、たまった洗濯物を片付けていたら、来客です。
客「OOOOの後援会に入っていただきたいんですけれど。」
OOOOといえば、地元自民党の県会議員。
悪いけど、今度の選挙では自民党に票を入れる予定はない。
穏やかにお断りする作戦に出る。
私「あの、どちらの党なんですか?」
客「自民党です。」
私「あ、自民党はちょっと・・・」
客「あ、もう決めてらっしゃるところがおありですか。」
私「は、はあ・・・」
というわけで、お帰りいただいた。
実際はまだ、「決めているところ」などありはしない。
ともかく、今回は「自民と公明には投票しない」とだけ、決めている。
県議選なんだから、県民のことをよく考えて政治をしてくれる人を選べば?という考え方もあるだろうけれど、私は今の与党が少しでも力を増すのはいやなんだ。
今の与党が力を増すのがなぜイヤなのかというと、いろいろあるけど私のいちばんは、安倍首相が憲法改定に本気になってることだ。
安倍首相は、折にふれて「新しい国づくりのために」憲法改正を(あるいは新憲法を)、というような言い方をする。
あんまりしょっちゅう言われてると、「そうねえ、時代も終戦時とはずいぶん変わってきたし、国の基本の法律を変えるのもいいかしらねえ?」なんて気になっちゃう人もいるかもしれない。
でもちょっと待った!!憲法っていうのは、そういうもんじゃないよっ!!!
ブログ「津久井進の弁護士ノート」から、少し引用させていただく。
この文章の中で使われている「憲法」の意味が本当だよ。
安倍首相やお仲間の政治家たちは、「憲法とは何か」について、すっとぼけてるのかホントに知らないのか、国民に誤解を抱かせるような物言いばかりしてると、私は思う。
***(引用始め)**************************
立憲主義という考え方は,どうもあんまり理解されていないようです。
立憲主義は,憲法によって国家権力に歯止めをかけて人権を保障すること,を言います。
憲法を勉強したことがある人にとっては当たり前の考え方ですし,
欧米では,市民にも広く浸透している「当然の感覚」でもあります。
ところが,日本の場合は,
いまだに聖徳太子の十七条憲法との違いが分かっていない
人が多いように感じます。
別のブログ(「お玉おばさんでもわかる政治のお話」)で,立憲主義について膨大な議論が展開されています。
全部のコメントを見たわけではありませんが,「立憲主義」の意味を理解していない人があまりに多くて驚いてしまいました。
この国では,明治初期に戻ってしまったのではないかという錯覚を覚えたり,
立憲主義についての教育を怠った結果ではないかと後悔を感じたりしました。
***************************(引用終り)**
憲法っていうのは、「
国家権力に歯止めをかけ」て「
人権を保障する」もの、なんだよね。
それを変えようってのはどういうこと?
何の必要があって変えるというの?
憲法は、間違っても、「新しい国づくりのため」なんて理由で変えていいものじゃない!!!
国民が「憲法とは何か」についての学習を十分していないことにつけこんで、
改憲「賛成」への世論作りを進めるアベ氏やその仲間達は、国民を欺いてる。
こんな安倍内閣には、早いところ消えてなくなって欲しいと、私は心から願ってます。
それから、津久井さんの記事はほんの導入部しか引用していないので、ぜひ全文に目を通していただければ、と思ってさっきからリンクしようと思ってるんだけど、どうしてもできないんです。
http://tukui.blog55.fc2.com/blog-date-20070119.html のはずなんだけど。これでだめなら、
http://tukui.blog55.fc2.com/ へ行けたら、今年の1月19日の記事なので
探して行って読んでくださいませm(__)m

雲ひとつなく晴れた空だったので、
「春]を探しに公園へ。
元気な木の芽を写してみました。
いや、つぼみかな〜?
最近ではeーTaxとかいうものがあるそうで、インターネットで確定申告ができるそうな。
でも私は、郵送されてきた「所得税の確定申告の手引き」に従って手計算。
「手引き」に従って、申告書を書いていくと、
手順4として「税金の計算をする」とある。
ここで、私にはちょっと不自然と思える表に遭遇。
(課税所得) (税率)
〜330万円 10%
330万円〜 900万円 20%
900万円〜1,800万円 30%
1,800万〜 37%
表の一番下の「37%」ってのが、なんだか不自然じゃない?
上から順に降りてきて、キリよく40%じゃあいけないのかなあ?
そういえば、1月頃にTV討論番組で、「高所得者の減税」とか言ってたような・・・
もしかして、ここの段階をこれ以上減税するの?
ところで、過去の税率ってどうだったんだろう・・・
*****
Wikipediaに1974年からの税率表が載っていた。
(「所得税」の項、<14.所得税の税率の推移>)
1974年のを見ると、19段階にも分かれているのでかなり省略するけど、
課税所得8000万円〜 で、
最高税率なんと75%!!同じくWikipediaに<13.所得税の最高税率の推移>が載っていた。
・1986年 70.0%
・1987年 60.0%
・1989年 50.0%
・1999年 37.0%
むずかしいことはわからないんだけど、なんかおかしくない?
なんでこんなにどんどん最高税率を下げていったの?
そりゃあ、お金をたくさん儲ける人も、あんまりたくさん税金で持っていかれると、
働くのがばかばかしくなるかもしれない。
でも、高所得者の税率をどんどん下げていったら、格差は広がっていくばかりじゃないの?
それで減税した分は、どうやって穴埋めをしてきたの?(穴埋めの必要はなかったの?)
そして、これからはどうするの???
所得税の確定申告、3月15日までですね。
母が元気なときは母がやっていたのですが、おととしから私にバトンタッチです。
私は数字が絡む仕事が苦手で、早くやらなきゃと思いながらついつい後回しに。
しばらく仕事がお休みで気楽なので、きのうやっとやる気になりました。
去年の控えを取り出して見ながら、下書き用の申告書を作成開始。
うむ、3年目になると慣れたものね、簡単簡単・・・
下書きを終えて、今年は父にも一応見せておこうかと、渡してちょっと外出。
帰ってみると、父が「ここは違っとるぞ。」
ガーン!!
ものすごい単純ミス!!
慣れには注意!!です。
先日書いた、日本史が大好きな友人がすすめてくれた立花隆さんの本は、私には難しくて読むのを諦めました。
上・下巻あって、小さな活字がぎっちり詰まった、分厚い本です。
『天皇と東大 大日本帝国の生と死』(文芸春秋社)という本でした。
読破はできなかったのだけれど、はしがきのところに「むむっ!」と思うことが書いてありました。
少し長くなりますが、転載させていただきます。
>
歴史には終りというものがない。戦争の時代が終ってからの後期現代史だけで、すでに六十年を経過して、時代はもう一度大きな歴史的転換点をまがりつつあるように見える。
日本の政治は、0五年総選挙における小泉自民党の大勝利をうけて、五十五年体制から0五年体制への大転換をとげたようである。まだ0五年体制が歴史に対してどのような意味をもつようになるかは見えてこない。しかし、歴史をふりかえると、日本は大きな曲り角をまわるたびに、大きな過誤を犯してきた。客観情勢の判断ミスあるいは行動のオプションの選択ミスである。
曲り角におけるちょっとした判断ミスあるいは選択ミスが、のちのち、取り返しのつかないほど大きなミスとなって自分にハネかえってくるということが歴史にはよくある(個人史においても、国家の歴史においても)。そのような悲劇的事態が二度と起きないようにするためにできることといえば、歴史を学ぶことくらいだろう。
おそらく、日本人はいまこそ近現代史を学び直すべきときなのである。日本の教育制度の驚くべき欠陥のために、現代日本人の大半が、近現代史を知らないままに育ってきてしまっている。・・・ところではて、「55年体制」ってなんだったかな?
ウィキペディアによれば、
>
55年体制(ごじゅうごねんたいせい)とは、1955年に成立した体制で、日本において与党の自由民主党と野党の日本社会党が二大政党として君臨し、政治を行っていた体制。一般的に1993年まで続いたとされる。・・・と、ちょっと勉強したところで本題に戻って、
なぜ私が立花さんの文章を読んで「むむっ!」と思ったのかということ。
立花さんの目には、日本の政治が、05年総選挙における小泉自民党の大勝利をうけて、「55年体制から05年体制への大転換をとげた」ように映ってたんだ!
そんな見方、したこともなかったな。
立花さんが「05年体制」と呼んでいるのは、「自民・公明VS民主・社民・
共産・国民新」体制ってことかな?
自・公の与党が05年の総選挙で圧倒的多数を占めたことから、いまのところこの与党が優勢になってる。
2005年の小泉自民党の圧勝には、まだノンポリだった私もなんとなく危ういものを感じてはいた。
小泉自民党から安倍自民党に替わり、国会では数に物を言わせて、やりたい放題・・・
(・・・とまでいうと言いすぎだろうか?)
最近いくつかブログを読むようになって、「自民・公明」与党っていうのもなんだかなあ、と思うようにもなった。
与党を維持するために、宗教団体を支持母体とする公明党とくっついてる自民党って、なんだか・・・
こんな体制が、後々「05年体制」と呼ばれるように長続きしてしまっていいのだろうか?
私は、歴史上にこんな「05年体制」なんて残ってほしくない!!!
今度の参院選で自・公が負ければ、流れが変わってなんとかならないか?
せめて私の1票だけは有効に使いたい。
それから、できたらもっと易しい本で、近現代史を学びたいな。
追記)
ふと気になって「05年体制」を Google で検索してみたら、記事があることあること。本まで出てる。
「05年体制」ってのは常識だったの?・・・
ああ、また恥ずかしい記事を書いてしまった(笑)
私が病院で脈拍数を測ると、たいてい1分間に100拍くらい打ってます。
脈が速いときは、120拍くらいのときもありますね。
母が60拍くらいだけど、これくらいの人が多いのではないかしら。
「私は、脈が速いのね。」と、あまり気にしてなかったのですが、
先日テレビで・・・
詳しい説明は忘れましたが、「脈が速ければ早いほど、寿命が短い」
というようなことを言っていまして。
最近テレビの健康番組にはトンデモナイのが多いみたいだから、
あんまり気にしてはいなかったのですが。
今日、内科の診察を受けたので、ちょっと先生に聞いてみました。
私「先生、テレビで『脈が速いほど早死にする』って言ってましたけど、
それって『トンデモ科学』ですか?」
医師「うーん、それはむずかしいなあ・・・」
この先生、偉いセンセイです。(と私は思ってます。)
最近知ったのですが、「日本内科学会専門医」、「日本呼吸器学会専門医」、
「日本アレルギー学会専門医」などの肩書きをお持ちです。
医師「まず、いつも脈が速いのかってことですね。」
私「いつも100くらいですよ。」
医師「いや、それは血圧計で測ったときの数値でしょう。
家で横になってるときに手首に指を当てて測ったら、
ゆっくりかもしれないでしょう。」
なるほど、です。血圧でも、同じようなことをよく聞きますね。
医師「正確に測ろうと思ったら、
24時間ずっと計器を体につけておいて測定します。
異常があれば、そこからわかることがありますよ。」
うーん・・・
今は座ってPC打ってるからか、やっぱり脈は速いですね。
今晩、横になって計ってみよう。
やっぱり速いようなら、もう一度先生に相談してみようかな。

もう「女の子」って歳でもないしねえ・・・
と思いつつ、やっぱり飾ってるおひなさま。
今日ラジオの冠婚葬祭コーナーで。
女性アナ「私、飾るのを忘れちゃったんですけど。」
回答者「いいんですよ。今から飾っても。お祝いですから。」
女性アナ「しまうのはいつまでにしたらいいですか?」
回答者「3月の末、または旧暦のひな祭りの日までがよいでしょう。」
ひな人形をいつまでも飾っておくと結婚が遅くなるって言うのは、
いつごろから言われだしたことなのかしら?
相変わらず、政治のことを書くと、おバカを炸裂させております・・・
相変わらず、情報源がほとんど新聞(主に毎日新聞)という、貧相なブログです。
理由のひとつは、「紙で読むのが好き」という、時代遅れになりつつある趣味。
ネットで調べ物をするときも、少し難しい内容だと、印刷してから読みます。
もうひとつの理由は、うちはダイヤルアップ接続で、かつ回線速度がすごく遅い、
ということ。
ともかく遅い。それからいつも電話代を気にして、そそくさと済ませる。
動画とかも見られないので不便しているのですが、なかなか・・・
(今のPCだと常時接続にできず、PCを買い換えなければならないのです。)
*****
ところで、本題。
最近になって、毎日新聞の経済欄のコラムを読むようになりました(「経済観測」)。
経済欄のほかの部分は、何のことかよくわかりませんが、
ここだけは少し興味を引くときがあります。
ずいぶん前なんだけど、1月26日に「避けられない消費税増税」というタイトルの一文がありました。
その中に、
>財政の現状は、国債発行残高が550兆円に迫り、新年度の財政収支は、大幅に改善されたとはいえ、赤字タレ流しが止まる見込みは立たない。
とありました。
はて?550兆円なんてとてつもない桁の金額を書かれても、私にはちっともイメージが湧かないわねえ・・・
550兆円の赤字、国の借金ってことよねえ・・・
ところで、国の予算ってどれくらいなのかしら?
月収いくらの世帯で、いくらの借金って感じで換算してみると、私にもイメージが湧きそうなんだけど・・・
この日のコラムは07年度予算案に基づいて書かれたものだったので、ネットで
調べようと思えば調べられたのだけれど、「そのうち新聞に出るでしょう」、と放置。
(なんだか書いてて情けなくなってきました。。。。。これからはもっとまじめにやろう。。)
さて、今日の新聞にやっと、昨日衆院を通過した予算案の一般会計の総額だけ書いてあったので、特別会計はとりあえず横に置いておいて、一般会計についてだけ考えてみます。
乱暴だけど、一般会計総額82兆9088億円を、「日本」家の年収とする。
すると、月収は、12で割って、約7兆円となる。
イメージしやすいように、桁を落として3倍して、月収21万円とする。
対して借金は550兆だから、同じく桁を落として3倍すると、1650万円!?
月収21万円で、借金が1650万円!!??
(月収の約80倍が借金として換算していただければよろしいかと)
「日本」家は借金まみれだったんですね。こわい・・・
借金は減らさなきゃいけませんよ・・・
*****
このコラムは、こう結んでいます。
>何年かかけて、国債発行残高の削減に取り組まざるを得ない。
>それには消費税の大幅引き上げしかない。ほかに選択肢があるなら、教えてもらいたいものだ。
最近まで私も「消費税引き上げはしょうがないのかな?」と思っていたところがあります。
でも、最近いろんなことで腹が立ってきました。
「その前にやるべきことがいろいろあるだろう」って。
コイズミさんのときは、やたら「今は痛みをこらえて」って言ってませんでした?
私自身、国の政策で生活が苦しくなる中、「今はみんなで痛みをこらえて、国を立て直さなきゃいけない時期なんだ」って言い聞かせてがまんしてきました。
でも、本当にみんなが痛みをこらえてきたの?
今度もし、消費税を上げなくてはならないことになっても、もっとしっかり格差を是正してからじゃないと、弱者だけが痛みをひどくかぶることになりはしない?
*****
何が書きたかったのか、途中からわからなくなってしまいました。
本日はこれにて。

甘いものはお好きですか?
私はだ〜〜いすきです。
去年から、近所の和菓子屋さんに通って、
なにか1個買って食べるのが楽しみになりました。
ところで、上の写真。
左は桜餅なんですけど、右はなーんだ?
桃色で、ちょっとぶかっこうで・・・
ちょっと切ってみましょうね・・・

あ・・・またちょっと形が崩れちゃいました、失礼!
はい、ごらんのとおり、いちご大福でした。
その名を「いちごあずきクリーム大福」といいます。
いちご大福の餡(あん)が、あずき入りのクリームなんですけど、
このクリームの控えめな甘さがお気に入りです。
ピンクのぎゅうひもほんのり甘くてgood!
本日までクーポン券にて30円引きなので、
今日は早く売り切れるおそれあり!
午前中早めに買いに行こう!!!

うちでは「黄水仙」と呼んでいますが、
正式名でしょうか?
花が全部黄色。葉は細目でとがった感じ。
和水仙より送れて咲き始めます。
今、うちの庭に咲いていますよ。
ずうっと気になっていることがある。
「保坂展人のどこどこ日記」で1月27日、アメリカ各地でイラク戦争反対のデモが行われたとの記事を読んだ時からだ。
読んですぐは、こう思った。
「反戦運動で、これだけのデモが出来るなんて、アメリカ人もやるじゃない。
日本じゃ、これだけの規模のデモって、今できるもんじゃないよね。」
昨年11年の中間選挙でも、世論調査でも、アメリカ国民の心がイラク戦争反対に傾いているのは知っていた。
それなのに、ブッシュ大統領が米軍の2万人超増派のイラク新政策を打ち出したことに、強く抗議しているのだと思った。
けれど、しばらくして、反戦デモをしている人たちをはじめ、戦争に反対する一人ひとりのアメリカ国民たちは、どんな思いでいるんだろう?と、よく分からなくなってきた。
新聞記事にミスリードされているのかもしれない。
でも、新聞でしばしば目にしていたのは、イラク駐留米兵の死者数を報じる記事。
たとえば、少しさかのぼって、1月3日の毎日新聞の記事にはこうある。
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米メディアは1日、03年のイラク戦争開戦以来の駐留米軍兵士の死者数が3002人に達したと報じた。>
AP通信は先月26日、米兵死者数が2978人となり、01年9月の米同時多発テロの犠牲者数(2973人)を上回ったと伝えていた。「同時多発テロの犠牲者数を上回る」ということにどういう意味があるのだろう?
そう報じることに、どういう意味があるのだろう?
もう、そんな戦争は引き合わないからやめようよ、とでもいっているかのように私は感じた。
もちろん,同じ記事の後の方では、こうも報じている。
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一方、イラク政府が1日発表した統計によると、昨年1年間で1万6273人のイラク国民がテロや虐待などの暴力行為で殺害された。このうち民間人の死者が1万4298人で9割近くを占めている。
イラクではシーア派とスンニ派の宗教間抗争が激しさを増し、米メディアが「内戦」と呼ぶ泥沼状態に陥っている。(別の記事によれば、開戦以来のイラク人の死者は、数えられた遺体だけで6万人とのこと。)
また、1月9日の読売新聞では、イラクの難民・避難民について報じている。
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【ジュネーブ=渡辺覚】国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は8日、イラク戦争やイスラム教の宗派抗争などで居住地を追われたイラク住民の数が、計約370万人に達するとの報告書を公表した。米国人の中にもいろんな考えの人がいるのは百も承知。
開戦前から、反戦運動をしてきた人だっているだろう。
大切な人を戦争で失った人たちのことを思うと、私も心が痛むし、
もうこれ以上戦死者を出したくないという気持ちもよくわかる。
でも、米国人の心の中に、イラクの惨状のこともちゃんと入っているだろうか?
数えられた遺体だけで6万人。
難民・避難民が、計370万人。
国内は、内戦状態。
その惨状を引き起こしたのは一体誰だ?
(もちろん、米国だけじゃない。恥ずかしいことに日本も荷担しているのだが・・・)
戦争って何だ?
戦争なら、相手をどれだけ殺そうと、傷つけようと、国土をズタズタにしようと、知ったことじゃない・・・それが戦争なのか?
広島に投下された原爆が、日本の敗戦を早め、多くのアメリカ兵の命を救ったと主張するアメリカ人は多いと聞く。
今度はどうする?
早期撤退して、米兵の死者が増えないことのみを望むのか?
残されたイラクはどうなる?
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誤解しないで欲しい。
私は、戦争が大嫌いだ。
即時撤退して、イラク国内に平穏が戻るなら、私もそれを望む・・・
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誤解しないで欲しい。
私は、ブッシュの増派計画を支持しているわけでもないんだ。
ただ、反戦運動をしている米国の人たちが、イラクの今後のことをどれだけ考えているのだろうか?と疑問に思っているだけなんだ。
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